中国の先物事情
1980年代後半から中国では投機の場として商品先物市場を活用する人たちがいました。当時は中国に商品取引所は存在しておらず、投機家はブローカーを通じて米国市場でひそかに売買を繰りかえしていたようです。中国の投機家は中国に商品取引所が創設されることを望んでいましたが、国としての体制が整っていなかったので、生活時間帯が同じである日本市場での売買を望んでいたようです。
しかし、日本の商品取引所は節売買であるために、売買の機会が少ないことがネックでした。そこで日本の商品取引員数社は現地に赴き、節売買の利便性を説くためのセミナーを開催しました。鄭州に商品取引所が開設されると、再び日本へ注文を受けるチャンス到来として、多くの商品取引員が中国に飛びました。しかし、中国人は板寄せ取引は不透明な手法だとして受け付けず、結局中国国内と米国市場に注文は流れていきました。
それから20年。中国の商品先物市場は目覚しい発展を遂げています。そこには国の農業政策と市場化の動きが見事にマッチし、官民上げての市場育成が功を奏したと言えます。もともと中国は投機熱の高いお国柄です。そこに直接統制から市場管理・市場統制に舵が切られたことから農産物のヘッジ熱が高まり、同時に元来の投機好きが相乗効果をもたらし商品先物市場が発展したと言えるでしょう。
投機家からの当初の受託スタイルは日本と同じ営業社員が、電話や個別訪問で顧客開拓を行っていました。ところが、これも日本と同じように顧客トラブルが多く発生したようです。そこで、顧客トラブルは先物市場の発展阻害要因だとして、当局は営業社員のセールス活動を一切禁止することを決定し、受託手段はコールセンターと店頭取引、インターネット取引に限定しました。特にインターネット取引は中国人を虜にし、今日の発展に拍車がかかったようです。
中国の売買高は2008年度で世界2位、2009年度は遂に米国市場を抜いて世界1位に躍り出ています。取引所別でも上海と大連の商品取引所が世界のトップ2を締めるまでに成長しました。一部には売買単位が小さい上に人口も多いからと揶揄する人もいますが、実際は関係者の努力が実を結んだことは間違いない事実です。
当局は今では日本の商品先物市場は眼中になく、世界1位で君臨し続けることと同時に中国が価格の先行指標性を示す、いわゆる価格の発信基地になることを目標にしています。中国の商品先物市場は農産物や工業原料が主な取引商品ですが、上海証券取引所では4月に株価指数先物取引も開始しました。ますます中国の先物市場から目が離せなくなりました。

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