場立取引に幕
去る8月31日に日本の取引所における場立(手振り)取引が277年の歴史に幕を下ろしました。最後の場立取引の場所は中部大阪商品取引所の大阪取引センターで、立会い終了後は一様に別れを惜しんでいたとのことです。
場立取引は1730年に大岡越前の守が大阪堂島に開いたコメ先物取引を扱う堂島米会所が始まりとされています。独自の手のサイン(手振り)で取引所の高台に注文を伝えるもので、商品先物取引を始め全国の証券取引所でも行なわれていました。
近代社会になって、場立取引が最初に廃止されたのは東京穀物商品取引所でした。昭和62年の新ビル完成を機に昭和63年からコンピュータシステムによる板寄せ取引を開始し、場立取引を全廃しました。その後、大阪穀物商品取引所(当時)と関門商品取引所(当時)が相次いで東京穀物商品取引所方式のコンピュータシステムによる板寄せ取引に移行、さらに、東京工業品取引所が2004年12月末にゴム市場の場立取引をコンピュータシステムによるザラバ取引に移行し、残すは中部大阪商品取引所大阪取引センターのみとなっていました。
一方、証券取引所では1999年4月に東京証券取引所がコンピュータシステムによるザラバ取引に移行し、全ての場立取引が終わりを告げています。東京証券取引所ではピーク時に2000人もの場立が居り、一同が独特の手振りで銘柄や取引枚数、指値値段等をぶつけ合う様は壮絶でもありました。ただ、ジャスダックやヘラクレスなどの新興市場は、一度も場立取引を経験したことはありません。
場立が行なう手振りでは、手の平を相手側に向けると売り、逆に自分のほうに手の平を向けると買いになります。また、指で1~9までの数字を表わし、それを横に振ると10の位、廻すと100の位、四角を画くと1000の位ということになります。
面白いのは数字の示し方(手振り)が日本全国で関西地区だけ少し違うということです。1~5迄は同じなのですが、6,7,8が微妙に違い、関西の7とその他の地域の8が同じ形を作ります。従って、関西で場立をしていた人は関東で戸惑いますし、他の地域で場立を行なっていた人が関西へ行くとかなり戸惑っていました。
手振りとは違いますが、実はエスカレーターの通路側を空けるのも関西地区だけ他の地域と違います。皆様もお気づきだと思いますが、関西地区は急ぐ人のためにエスカレーターの左側を空けます。しかし、九州も関東も北海道も全て右側を空けています。何故そうなのか分かりませんが、手振りも同じだということはとても不思議な気がします。もしかすると、関西地区だけ違うというものが他にもあるのかもしれません。
話は横に逸れてしまいましたが、昔ながらの取引がなくなることはとても寂しい気がしますが、これも時代の流れなのでしょうか・・・。

サイトマップ



